ウガンダ🇺🇬

〜TJウガンダ滞在記〜

海外インターンシップに挑戦する6週間の滞在日記!

宇宙

 僕は自分が嫌いだ。学校では成績は良いほうで、この世の大半の人間よりも秀でているという矜持はある。しかしそれは他者との生活においてもろく崩れ去る。彼らにとって僕はそういう対象ではない。そもそも評価の対象という土台に上がってすらいないのだ。惰性でつけていたテレビの画面の中で、最近流行りの芸能人が大声とおバカキャラを武器に笑いを誘う。僕のほうが、と心の中で呟きながら唇を噛む。

 次の日、僕は命を絶った。来世はもっと人に影響を与え、関心を持たれるような生であれと祈りながらそっと目を瞑り、空を飛んだ。

 

 

 

 目が覚めた。いや、覚めていないかもしれない。あたりは闇に閉ざされていて、何も見えないからだ。そもそも視覚を使っているのかさえ曖昧だ。そこに自分の肉体はなく、ただ周りの空間をぼんやりと認識している、そんな具合だ。僕は死んだのだろうか。だが「僕」という意識は確実にある。死はこんな感覚なのかと思考を巡らせるうちに、僕の認識する空間がぼんやりと広がっていく。

 ここで僕は一つの仮説を立てた。僕は宇宙にいるのかもしれない。するといくつかの事象にうまく説明がつく。あたりが闇に包まれていること。上下左右といった感覚がないこと。広がり続ける認識の遠くにぼんやりと星のようなものがあること。僕以外に誰もいないこと。「人は死んだら宇宙の果てで塵になる」と昔誰かが言っていた。僕に今肉体がないように、もしかしたら他のみんなにも肉体がないだけで、そこに存在しているかもしれない。そうして他者を意識したとたん、急に孤独感が僕を襲った。誰かに会いたい。そうして僕は宇宙を彷徨いはじめた。

 

 

 

 認識の空間を煙のように動かしながら見覚えのある青い星を見つけるまでは、人間としての時間間隔は役に立たないほどと途方に果てしなかった。地球の表面には強い力が働いていたが、僕が「アメーバ」と名付けた漂流中に培った認識の空間の動かし方は、それを造作もなくすり抜けた。

 ついに地上についた。無機質な建物の飾り気のない部屋にいる。壁にびっしりと立てかけられた本のタイトルには、見たことありそうでない漢字が並んでいる。中国にいるのだろう。世界の陸地の6.5%も占めているのだから十分にあり得る。一人の男が部屋に入ってきた。文字通り何光年ぶりに出会った人間であった。誰かに会いたいと半永久的に彷徨った旅の目的が達成した瞬間であった。思わず彼のそばにアメーバを寄せる。すると信じがたいことが起きた。これまでの僕をかろうじて維持していた唯一の僕の意識が、彼の中にも生まれたのだ。ぼんやりと彼の中で僕のアメーバが広がっていく感覚は、とても懐かしいものであった。彼が視界にとらえる物を、僕も見ている。彼は数冊の本を手に取り、部屋を後にした。すると僕のアメーバは部屋の中と彼の中とでぷつんと二つに分かれた。僕はいったい何者なのだろう。

 その後も僕のアメーバはさらに分裂、増殖を繰り返した。その男が誰かと空間を共にすると、一定の確率でその誰かの視界を認識できるようになる。そうして僕のアメーバは誰かの中で増え続け、あっという間に街全体に僕のアメーバが張り巡らされた。やがてそれは街を越え、国を越えた。爆発的に増え続けるアメーバからの情報量を処理するのに戸惑いながらも、僕がこの世界を徐々に支配しているような感覚に酔いしれた。

 

 

 

 違和感を抱いたのは、一人目の男が死んでからだ。一人、一人と僕がアメーバを共有した人間が死んでいった。そしてまだ生きている人間も徐々に他者から厭われ始めた。他にも奇妙なことがいくつかあった。飛行機が飛ばなくなったり、全ての人がマスクをつけるようになったりした。そのころから世界中の誰もがある事に関心を持つようになっていた。そうして僕もようやく、何万光年のちに、自分の正体に気付いた。「コロナウイルス」、人間はこう呼んでいた。テレビで報じられた僕の姿は小さな冠のようだった。なるほど、これまで小さすぎて認識できなかっただけで僕には体がちゃんとあったのか。今までのアメーバを使って進んできた道のりをコロナウイルス視点で振り返りながら、僕はとてつもない罪を犯してしまったと気づく。そしてそれは瞬く間に絶望へと変わった。アメーバと名付けたぼくの認識の増殖は、僕自身の増殖によって引き起こされていたのだ。そうして気づけば僕は今や世界中の人々を混乱に陥れる生物兵器となっていたのだ。

 僕は一度死んでいる。来世はもっと人に影響を与え、関心を持たれるような生であれという死に際に放った祈りは今、むごいほどに現実になっている。存在していても評価の対象ではなかった僕は、今では見えなくとも世界中の人間を脅かしている。いつの日かテレビで見た芸能人もついに僕のアメーバに取りつかれた。僕にはもう噛む唇もない。そうして世界への影響力と引き換えにこれまでも、これからもずっと、アメーバによって誰かが命を落とす瞬間を認識し続ける。